本レポートは公開情報を元に当編集部が独自に作成しており、TIS Intecグループ関係者への直接取材を経たものではないことをご留意ください。
1. 序論:なぜTISはステーブルコインに本気なのか
TIS株式会社(東証プライム:3626)は、クレジットカード基幹システム開発で国内シェア約50%、ブランドデビットカードシステムで80%以上という圧倒的な地位を誇る独立系システムインテグレーター(SIer)です[1]。連結売上高は5,716億円(2025年3月期)、国内外グループ2万人超の従業員を擁するTISインテックグループの中核企業として、日本の決済インフラを長年にわたって支え続けてきました[10]。
この「既存決済インフラの守護者」が、なぜ今、ステーブルコインに積極的に取り組むのか。その答えは、TISが自ら公言する「自己破壊的な変革」の論理にあります。
TISのペイメント事業は、クレジットカード・デビットカードのプロセッシングを軸に、中期経営計画(2024-2026)の最終年度である2026年3月期に売上高500億円超を目指しています[2]。しかし、その成長の先に見えるのは、ブロックチェーン技術を活用した次世代決済インフラによる「決済手数料の大幅な引き下げ」という構造変化です。既存のクレジットカード決済では通常2〜3%の加盟店手数料が発生するのに対し、ステーブルコイン決済ではその1〜2%程度の削減が可能とされています[3]。
TISにとって、この変化は「脅威」でもあり「機会」でもあります。既存の決済プロセッシング事業が侵食されるリスクを認識しつつ、自らがその変化の担い手となることで、次世代決済インフラの「設計者・運用者」というポジションを確保しようとしています。
本レポートは、TISのステーブルコイン事業における戦略的ポジショニング、収益化モデル、実現可能性と課題を徹底的に解剖します。
2. TISのステーブルコイン事業:全体像と時系列
2.1. 事業の全体像
TISのステーブルコイン関連事業は、大きく3つの軸で構成されています。
| 事業軸 | 内容 | 主要サービス・取り組み |
|---|---|---|
| ①「流通インフラ」の提供 | ステーブルコイン決済を企業・店舗が導入するための支援サービス | ステーブルコイン決済支援サービス(JPYC協業)、double jump.tokyo連携 |
| ②「発行・管理プラットフォーム」の提供 | 金融機関・事業会社がステーブルコインやセキュリティトークンを発行・管理するための基盤 | マルチトークンプラットフォーム(Ava Labs連携)、STLINK(STO) |
| ③「地域通貨・デジタル通貨」の実装 | 自治体・地域金融機関向けのデジタル地域通貨プラットフォーム | フィノバレー(MoneyEasy)完全子会社化 |
これらは独立した事業ではなく、「次世代決済インフラ全体の設計・構築・運用」という一貫したビジョンのもとに統合されています。TISが目指すのは、ステーブルコインの「発行者」ではなく、「インフラ提供者・エコシステム構築者」としての地位です。
2.2. 主要な取り組みの時系列
TISのステーブルコイン関連の取り組みは、2023年の改正資金決済法施行を契機に急加速しました。
| 時期 | 取り組み | 意義 |
|---|---|---|
| 2023年6月 | 改正資金決済法施行(ステーブルコインの法的位置づけ明確化) | 事業化の法的根拠が確立 |
| 2024年6月 | Ava Labsとの協業開始(ステーブルコイン等のソリューション実証・開発) | グローバルブロックチェーン技術との連携 |
| 2025年2月 | double jump.tokyoへの出資・協業開始(ステーブルコイン決済支援サービス開発) | エンタープライズ向けweb3ウォレット技術の取り込み |
| 2025年3月 | SMBC・Ava Labs・Fireblocksとのステーブルコイン事業化共同検討(基本合意書締結) | メガバンクとの連携によるホールセール決済への参入 |
| 2025年4月 | フィノバレーの連結子会社化に向けた基本合意 | デジタル地域通貨プラットフォームの内製化 |
| 2025年7月 | フィノバレーを完全子会社化(取得価格14.5億円) | 地域通貨事業の本格統合 |
| 2025年7月 | みんなの銀行・Solana Japan・Fireblocksとのステーブルコイン・web3ウォレット事業化共同検討開始 | デジタルバンクとの連携・Solanaチェーン対応 |
| 2025年10月 | Ava Labsと「マルチトークンプラットフォーム」の提供開始 | 金融機関向けトークン発行・管理基盤の商用化 |
| 2025年11月 | JPYCとの基本合意書締結(ステーブルコイン決済支援サービス開発) | 国内唯一の資金移動業型ステーブルコイン発行者との協業 |
| 2026年3月 | JICAとの「ブロックチェーン活用資金調達」研究・実証実験プロジェクト開始(岡三証券と共同) | 財投機関初のデジタル債発行実証(国内初) |
この時系列を見ると、TISが単なる「実証実験」の段階を超え、2025年後半から商用サービスの提供フェーズに移行していることが明確に読み取れます。
3. TISのポジショニング:「インフラ中立の設計者」
3.1. 競合環境における独自ポジション
日本のステーブルコイン市場において、TISは極めてユニークなポジションを占めています。
| プレイヤー分類 | 代表例 | 主な役割 | TISとの関係 |
|---|---|---|---|
| メガバンク・信託銀行(発行体) | 三菱UFJ(Progmat)、三井住友(SMBC系)、みずほ | ステーブルコインの発行・信用保証 | 連携先(SMBCとは共同検討) |
| 地方銀行・デジタルバンク(発行体) | みんなの銀行(FFG傘下) | リテール向けステーブルコイン発行 | 連携先(共同検討中) |
| 新興ベンチャー(発行体) | JPYC | 資金移動業型ステーブルコイン発行 | 協業先(決済支援サービス共同開発) |
| グローバルブロックチェーン基盤 | Ava Labs(Avalanche)、Solana Japan | ブロックチェーン技術・インフラ提供 | 技術パートナー |
| デジタル資産カストディ | Fireblocks | 鍵管理・セキュリティ基盤 | 技術パートナー |
| 独立系SIer(インフラ構築者) | TIS | 設計・構築・運用支援 | 中心的調整役 |
TISの最大の強みは、特定の発行体・ブロックチェーンに縛られない中立的なインフラ提供者という立場にあります。SMBCとも、みんなの銀行とも、JPYCとも連携しながら、AvalancheチェーンにもSolanaチェーンにも対応します。この「チェーン非依存・発行体非依存」のポジションは、既存の金融システム構築で培った「特定ベンダーに依存しない中立的なSIer」という伝統的な立ち位置を、ブロックチェーン時代にそのまま持ち込んだものです。
3.2. 「守りの資産」が「攻めの武器」になる構造
TISがステーブルコイン市場で競争優位を持つ根拠は、以下の「守りの資産」にあります。
第一の資産:圧倒的な金融システム開発実績
クレジットカード基幹システムで国内シェア約50%、デビットカードで80%以上という実績は、「ミッションクリティカルな金融システムを安全に動かす」という信頼の証明です[1]。ステーブルコインの発行・管理システムは、まさにこの「止まってはならない金融基盤」の延長線上にあります。新興のブロックチェーンスタートアップにはない「金融機関が求める信頼性・規制対応力」を、TISは既に保有しています。
第二の資産:3,000社超の金融・事業会社との既存顧客関係
TISは金融、産業、公共、流通サービス分野の3,000社以上と取引関係を持ちます[4]。ステーブルコイン決済の導入を検討する企業にとって、「既存のITシステムをよく知っているベンダーが、ステーブルコイン対応も一括して支援してくれる」という価値は計り知れません。新規参入者が一から営業しなければならない顧客基盤を、TISは既に保有しています。
第三の資産:PAYCIERGEブランドと決済エコシステム
TISのペイメント事業ブランド「PAYCIERGE(ペイシェルジュ)」は、クレジット・デビット・プリペイド・ウォレット・地域通貨・次世代決済(ステーブルコイン)を一体的に提供するプラットフォームとして設計されています[2]。ステーブルコインは、このエコシステムの「次世代決済」レイヤーとして自然に組み込まれます。
4. 収益化モデルの解剖:TISはどこで稼ぐのか
TISのステーブルコイン事業における収益源は、JPYCのような「発行残高に連動する運用収益」ではありません。あくまで「インフラ提供者」として、以下の複数の収益レイヤーを積み重ねる構造です。
4.1. 収益レイヤーの全体像
| 収益レイヤー | 収益モデル | 対象顧客 | 規模感(試算) |
|---|---|---|---|
| ①プラットフォーム利用料(SaaS型) | マルチトークンプラットフォームの月額・従量課金 | 金融機関・事業会社(ステーブルコイン・STO発行者) | 1社あたり数百万〜数千万円/年 |
| ②システム開発・導入支援(SI型) | ステーブルコイン対応システムの設計・開発・導入 | 銀行・証券・決済事業者 | 1案件あたり数千万〜数億円 |
| ③決済支援サービス(トランザクション型) | ステーブルコイン決済支援サービスの取引手数料 | 加盟店・事業者 | 取引額の0.5〜1%程度 |
| ④地域通貨プラットフォーム(SaaS型) | MoneyEasyの自治体・地域金融機関向けライセンス料 | 自治体・地域金融機関 | 1自治体あたり数百万円/年 |
| ⑤STOプラットフォーム(SaaS型) | STLINKの証券会社・発行企業向けライセンス料 | 証券会社・不動産・スポーツ等 | 1社あたり数百万〜数千万円/年 |
4.2. 公開されている収益目標の定量分析
TISが公開している数値から、ステーブルコイン関連事業の収益目標を整理します。
ステーブルコイン決済支援サービス(JPYC協業)
TISは2025年11月のJPYCとの基本合意書締結プレスリリースにおいて、以下の売上目標を明示しました[4]。
- 2031年度:売上高7億円
- 2036年度:売上高20億円
この数値は、ペイメント事業全体の目標と比較すると小さく見えますが、ステーブルコイン決済支援サービス単体の目標であり、マルチトークンプラットフォームやSTLINKなど他の収益源は含まれていません。
地域通貨事業(フィノバレー)
フィノバレーの完全子会社化(取得価格14.5億円)に際し、TISは以下の目標を公表しました[5]。
- 2029年度まで:TISとフィノバレーでデジタル地域通貨領域の売上高20億円
ペイメント事業全体の目標
ペイメント事業説明会(2023年12月)で示された長期目標は以下の通りです[2]。
| 時期 | 売上高目標 | 主要ドライバー |
|---|---|---|
| 2026年3月期 | 500億円超 | 中期経営計画最終年度(クレジット・デビット・プリペイドの拡大) |
| 2027年3月期 | 750億円 | 次世代決済・Embedded Financeの本格化 |
| 2033年3月期 | 1,200億円超(M&A含む) | 価値創造ビジネス・グローバル展開 |
ステーブルコインは「次世代決済」カテゴリーに位置づけられ、2027年以降の成長ドライバーとして期待されています。
4.3. 収益化モデルの本質:「手数料ビジネスの再設計」
TISの収益化戦略の本質を理解するには、既存のクレジットカード決済の手数料構造との比較が不可欠です。
既存のクレジットカード決済の収益フロー
TISは現在、クレジットカードの「プロセッシングシステム」の開発・運用を担っています。収益は「システム開発・保守費(固定費型)」が中心であり、取引量が増えても収益が比例して増加しにくい構造です。
ステーブルコイン決済の収益フロー
ステーブルコイン決済においてTISは「プロセッシングシステムの開発・運用」という受け身の立場から、「決済サービスの提供者」という能動的な立場に変化します。取引量に連動したトランザクション手数料収益が積み上がる「変動費型」の収益モデルへの転換が、TISの中期経営計画における「SIビジネスからサービスビジネスへの変革」の核心です。
5. 戦略の特徴:「ハブ&スポーク」型エコシステム戦略
5.1. 「ハブ」としてのTISの役割
TISのステーブルコイン戦略を一言で表すなら、ハブ&スポーク型エコシステム戦略です。TISがハブ(中心)として機能し、複数の「スポーク(連携先)」を束ねることで、どの単独プレイヤーも提供できない「統合的なステーブルコインインフラ」を構築します。

この構造の特徴は、TISが特定の発行体やブロックチェーンに肩入れしないことです。メガバンクとも、みんなの銀行とも、JPYCとも連携し、AvalancheチェーンにもSolanaチェーンにも対応します。これは、競合するプレイヤーが「自社のエコシステムに囲い込む」戦略を取る中で、TISが「どのエコシステムにも接続できる中立的なゲートウェイ」として機能することを意味します。
5.2. 3フェーズ戦略:現在地と行き先
TISのステーブルコイン戦略は、以下の3フェーズで進行していると分析できます。
| フェーズ | 時期 | 戦略テーマ | 主要施策 | 収益化の状態 |
|---|---|---|---|---|
| Phase 1:基盤構築 | 2023〜2025年 | 技術・パートナーシップの確立 | Ava Labs連携、double jump.tokyo出資、SMBC共同検討、フィノバレー子会社化 | 投資フェーズ(収益なし〜微小) |
| Phase 2:商用化 | 2025〜2028年 | サービスの市場投入と実需獲得 | マルチトークンプラットフォーム提供開始、JPYC協業サービス開始(2026年秋〜)、JICA実証実験 | 収益化開始(売上数億〜数十億円) |
| Phase 3:スケール | 2028〜2033年 | エコシステムの拡大と収益最大化 | ホールセール決済の本格稼働、グローバル展開(ASEAN)、AIエージェント決済対応 | 収益拡大(売上数十億〜100億円超) |
現在(2026年4月時点)は、Phase 1からPhase 2への移行期にあります。マルチトークンプラットフォームが2025年10月に提供開始され、JPYC協業サービスが2026年秋の正式提供を目指している段階です。
5.3. 「ホールセール」と「リテール」の二正面作戦
TISのステーブルコイン戦略のもう一つの特徴は、ホールセール(企業間・機関投資家向け)と「リテール(個人・中小企業向け)」の両方を同時に狙う二正面作戦です。
ホールセール戦略(SMBCとの共同検討)
SMBCとの共同検討は、「金融機関や事業者間で行われるホールセール領域での決済利用に耐えうるステーブルコインの発行・流通」を目的としています[6]。国際送金、企業間決済、RWA(Real World Asset)の決済手段としてのステーブルコイン活用を視野に入れており、TISは「金融システム知見を活かした基盤設計・導入・運用支援」を担います。
リテール戦略(JPYC・みんなの銀行との連携)
一方、JPYCとの協業は、中小企業・店舗・インバウンド消費者向けの「ステーブルコイン決済支援サービス」を中心とします。みんなの銀行との共同検討は、デジタルネイティブ世代向けの個人向けステーブルコインサービスを想定しています[7]。
この二正面作戦は、ステーブルコイン市場が「ホールセール先行・リテール後追い」で発展するという業界の一般的な見方に対し、TISが「どちらが先に立ち上がっても対応できる」ポジションを確保しようとしていることを示しています。
6. SWOT分析:TISのステーブルコイン事業
| 内部要因・外部要因 | プラス要因 | マイナス要因 |
|---|---|---|
| 内部環境 | 【強み (Strengths)】 ・クレジット約50%・デビット80%超の国内決済シェア ・3,000社超の既存顧客基盤(金融・産業・公共) ・ミッションクリティカルシステムの設計・運用ノウハウ ・「チェーン非依存・発行体非依存」の中立的ポジション ・フィノバレー(地域通貨18自治体)の実運用実績 ・STLINKによるSTO実績の蓄積 | 【弱み (Weaknesses)】 ・ステーブルコイン事業の収益規模はまだ極小(2031年目標7億円) ・「SIer」としての受注型ビジネスモデルからの脱却途上 ・ブロックチェーン技術の内製開発力は外部パートナー依存 ・収益化タイムラインが長期(2031〜2036年) |
| 外部環境 | 【機会 (Opportunities)】 ・改正資金決済法によるステーブルコイン市場の本格立ち上がり ・2026年免税リファンド新制度(インバウンド消費の拡大) ・RWA(Real World Asset)のトークン化市場の急成長 ・AIエージェント決済(M2M)の台頭 ・ASEAN市場でのデジタル決済需要の拡大 | 【脅威 (Threats)】 ・メガバンク(Progmat等)による自前インフラ構築の加速 ・グローバルステーブルコイン(USDC等)の日本市場参入 ・NTTデータ・富士通・日立など競合SIerのブロックチェーン参入 ・AML/CFT規制(トラベルルール等)の厳格化による対応コスト増 ・採用チェーンの陳腐化リスク |
7. 実現性の評価:何が「本物」で何が「絵に描いた餅」か
7.1. 高い実現性を持つ取り組み
(1)マルチトークンプラットフォーム(Ava Labs連携)
2025年10月に既に商用提供を開始しており、「絵に描いた餅」ではありません[9]。Ava Labsとは2024年6月から1年以上の協業実績があり、国債トークン化の技術検証、大手金融機関との共同検討など具体的な成果も出ています。金融機関向けのトークン発行・管理基盤として、既存の金融システム構築実績を持つTISが提供することの信頼性は高いと言えます。
(2)フィノバレーを通じた地域通貨事業
フィノバレーは全国18自治体でMoneyEasyを実運用しており、「実績のある事業の拡大」という性格が強い取り組みです[5]。TISが14.5億円を投じて完全子会社化した判断は、「地域通貨がステーブルコインの前身技術として機能し、将来的に法定通貨連動型に移行できる」という戦略的見通しに基づいています。2029年度までに売上高20億円という目標も、既存の18自治体を基盤に考えれば現実的な数値です。
(3)STLINKによるSTO事業
JICAとの「財投機関初のデジタル債発行実証実験」は、国内初の取り組みとして高い象徴的価値を持ちます[8]。STLINKは不動産・プロスポーツ・コンテンツ産業など複数のユースケースで実績を積んでおり、岡三証券との共同提案体制も整っています。
7.2. 不確実性が高い取り組み
(1)SMBCとのホールセールステーブルコイン事業化
SMBCとの共同検討は「基本合意書」の締結段階であり、実際の事業化には「ホールセール決済に耐えうる要件定義」「規制当局との調整」「実証実験の成功」という複数のハードルが残ります[6]。メガバンクが自前のProgmat(三菱UFJ主導)のような独自プラットフォームを構築する動きもある中、TISがSMBCのステーブルコイン事業において「不可欠なパートナー」であり続けられるかは不透明です。
(2)ステーブルコイン決済支援サービスの2031年売上7億円目標
2026年秋の正式提供開始から2031年度に売上7億円を達成するには、5年間で相当数の加盟店・事業者への展開が必要です。クレジットカード決済の代替として「1〜2%の手数料削減」を訴求するビジネスモデルは論理的ですが、日本市場での普及には「消費者のステーブルコイン保有率の向上」「加盟店の受入体制整備」という外部要因への依存が大きいと言えます。JPYCの累計発行額が2026年2月時点で約10億円という現状を踏まえると、2031年に売上7億円という目標は「達成可能だが楽観的」という評価が妥当です。
(3)みんなの銀行・Solana Japanとの事業化
2025年7月に共同検討を開始したばかりであり、具体的なサービス・収益化の姿はまだ見えていません[7]。みんなの銀行がステーブルコインを発行する場合、規制当局の承認取得が必要であり、そのタイムラインは不確実です。
以下の表は、TISの主要な取り組みの実現性を総合評価したものです。
| 取り組み | 現在のフェーズ | 実現性評価 | 収益化時期(予測) |
|---|---|---|---|
| マルチトークンプラットフォーム | 商用提供中 | ★★★★★ | 即時〜2027年 |
| フィノバレー地域通貨事業 | 実運用中(18自治体) | ★★★★★ | 即時〜2029年 |
| STLINKによるSTO事業 | 実証実験・実案件進行中 | ★★★★☆ | 2026〜2028年 |
| JPYC協業決済支援サービス | PoC段階(2026年秋正式提供予定) | ★★★☆☆ | 2026〜2031年 |
| SMBCホールセール決済 | 基本合意書締結・共同検討中 | ★★★☆☆ | 2027〜2030年 |
| みんなの銀行・Solana連携 | 共同検討開始直後 | ★★☆☆☆ | 2028年以降 |
8. 課題と構造的リスク
8.1. 「SIer」というDNAとの葛藤
TISの最大の課題は、「受注型SIer」というビジネスモデルのDNAと、「サービス提供者」への変革の間の葛藤です。
ステーブルコインのインフラ事業で収益を最大化するには、「プラットフォームの利用者が増えるほど収益が増える」というスケーラブルなビジネスモデルが必要です。しかし、TISの伝統的な強みは「顧客ごとにカスタマイズされたシステムを高品質で構築・運用する」という個別受注型のアプローチにあります。
マルチトークンプラットフォームの提供価格が「要件ごとの個別見積もり」とされていることは、この葛藤の象徴です。真のプラットフォームビジネスを実現するには、標準化・パッケージ化を徹底し、「個別対応コスト」を最小化する必要があります。
8.2. 「中立性」の維持コスト
「チェーン非依存・発行体非依存」という中立的ポジションは、多様なパートナーを束ねる強みである一方、「どのチェーンにも深く入り込めない」という弱みにもなりえます。AvalancheとSolanaという競合するブロックチェーンの両方に対応するためのエンジニアリングコストは、特定チェーンに特化する競合と比べて高くなります。
また、SMBCとみんなの銀行という競合する金融機関の両方と連携する場合、利益相反の問題が生じる可能性もあります。
8.3. 「発行体」不在のジレンマ
TISはステーブルコインの「インフラ提供者」であり、「発行体」ではありません。これは収益の安定性という観点では有利(発行体のリスクを負わない)ですが、エコシステムの主導権という観点では不利です。
JPYCのような発行体は、発行残高に連動した「浮動資金の運用収益」(国債等への投資)という強力な収益源を持ちます。一方、TISはあくまで「取引量に連動したサービス収益」に依存するため、ステーブルコイン市場が成長しても、その恩恵を受けるためには「自社のプラットフォームを通じた取引量の増加」が必要です。
ステーブルコイン市場が成熟し、発行体が自前のインフラを構築するようになった場合、TISの「インフラ提供者」としての存在意義が問われるリスクがあります。
8.4. 規制リスクと対応コスト
改正資金決済法によりステーブルコインの法的枠組みは整備されましたが、AML/CFT(マネーロンダリング・テロ資金供与防止)規制の厳格化、特にトラベルルール(送金者・受取人情報の通知義務)への対応は、ステーブルコイン事業者全体に重くのしかかります。TISがインフラ提供者として、顧客である発行体・決済事業者の規制対応を支援する役割を担う場合、その対応コストは相当規模になる可能性があります。
9. 競合比較:TISの立ち位置を相対化する
9.1. 国内競合SIerとの比較
| 比較軸 | TIS | NTTデータ | 富士通 | 日立製作所 |
|---|---|---|---|---|
| ステーブルコイン事業への注力度 | ★★★★★(最高) | ★★★(Progmatへの関与) | ★★(実証実験段階) | ★★(実証実験段階) |
| ブロックチェーン技術パートナー | Ava Labs、Solana Japan | Hyperledger系が中心 | 複数 | 複数 |
| 金融機関との連携 | SMBC、みんなの銀行 | メガバンク全般 | メガバンク全般 | メガバンク全般 |
| 独自プラットフォームの商用化 | ◎(マルチトークンPF、STLINK) | △(開発中) | △(開発中) | △(開発中) |
| 地域通貨事業 | ◎(フィノバレー子会社化) | △ | △ | △ |
TISは国内SIerの中で、ステーブルコイン事業への特化度・商用化の進捗度において最も先行していると評価できます。NTTデータはProgmat(三菱UFJ主導のSTO・ステーブルコインプラットフォーム)に関与していますが、TISのように独自のプラットフォームを前面に出した戦略は取っていません。
9.2. ステーブルコイン発行体との比較
| 比較軸 | TIS | JPYC | Progmat(三菱UFJ) | SBI(JPYSC) |
|---|---|---|---|---|
| 役割 | インフラ提供者 | 発行体 | 発行体・プラットフォーム | 発行体 |
| 収益源 | プラットフォーム料・SI | 発行残高運用益・手数料 | プラットフォーム料・手数料 | 発行残高運用益・手数料 |
| 信用力 | 中(SIer) | 低(ベンチャー) | 最高(メガバンク) | 高(大手金融) |
| パブリックチェーン対応 | ◎(Avalanche、Solana等) | ◎(Ethereum、Avalanche、Polygon) | △(プライベートチェーン中心) | △ |
| 競合関係 | JPYCとは協業 | TISとは協業 | TISとは間接競合 | TISとは間接競合 |
TISとJPYCの協業関係は、「インフラ提供者と発行体の相互補完」という理想的な分業モデルを体現しています。TISが「流通インフラ」を担い、JPYCが「発行・償還」を担うことで、両社が単独では提供できない「エンドツーエンドのステーブルコイン決済サービス」が実現します。
10. 結論:「決済インフラの守護者」から「次世代決済の設計者」へ
TISのステーブルコイン戦略を総括すると、その本質は既存の決済インフラ構築で培った信頼・技術・顧客基盤を、次世代決済インフラの設計・構築・運用に転用するという、極めて合理的な「資産の再活用」戦略です。
TISは「ステーブルコインで一攫千金を狙うベンチャー」ではありません。「既存の金融システムが次世代に移行する過程で、その移行を安全・確実に支援するインフラ事業者」としての地位を確立しようとしています。
この戦略の最大の強みは持続可能性です。ステーブルコイン市場がどのように発展しても、「発行体が誰であれ、どのブロックチェーンが主流になれ、TISのインフラを通じて発行・流通する」という構造を作れれば、TISは安定した収益を得続けることができます。
一方、最大のリスクはインフラ提供者という立場の脆弱性です。発行体が自前のインフラを構築する、あるいはグローバルプレイヤーが日本市場に参入してより安価なインフラを提供する場合、TISの存在意義は問われることになります。
TISが「次世代決済の設計者」として真に不可欠な存在となるためには、単なるシステム構築・運用の受け皿を超え、ステーブルコインエコシステムの標準を作るという役割を担う必要があります。JICAとの「財投機関初のデジタル債発行実証」や、SMBCとの「ホールセール決済要件の定義」への参画は、まさにその「標準作り」への参加を意味します。
2026年秋のステーブルコイン決済支援サービス正式提供開始、そして中期経営計画最終年度(2026年3月期)のペイメント事業500億円超・2027年3月期750億円目標の達成が、TISのステーブルコイン戦略が「本物」かどうかを判断する最初の試金石となるでしょう。
参考文献
[1] TIS株式会社, "TIS、double jump.tokyoに出資し、新たな決済手段であるステーブルコイン決済の活用を推進," TIS株式会社ニュースリリース, 2025年2月21日. https://www.tis.co.jp/news/2024/tis_news/20250221_1.html
[2] TIS株式会社, "ペイメント事業説明会2023 資料," TIS株式会社IRライブラリ, 2023年12月7日. https://www.tis.co.jp/documents/jp/ir/finance/meeting/231207_1.pdf
[3] 三井住友フィナンシャルグループ, "SMBCグループが描く、ステーブルコインの未来。4社連携「最強布陣」の全貌," SMFG DX-link, 2025年. https://www.smfg.co.jp/dx_link/article/0200.html
[4] TIS株式会社, "TIS、JPYCと日本円建ステーブルコイン決済の社会実装に向けた基本合意書を締結," TIS株式会社ニュースリリース, 2025年11月14日. https://www.tis.co.jp/news/2025/tis_news/20251114_1.html
[5] TIS株式会社, "TIS、株式会社フィノバレーを完全子会社化," TIS株式会社ニュースリリース, 2025年7月1日. https://www.tis.co.jp/news/2025/tis_news/20250701_2.html
[6] TIS株式会社・三井住友フィナンシャルグループ他, "ステーブルコインの事業化に向けた共同検討に係る基本合意書の締結について," TIS株式会社ニュースリリース, 2025年4月2日. https://www.tis.co.jp/news/2025/tis_news/20250402_1.html
[7] TIS株式会社, "TIS、みんなの銀行・Solana Japan・Fireblocksとステーブルコインおよびweb3ウォレットの事業化に向けた共同検討を開始," TIS株式会社ニュースリリース, 2025年7月4日. https://www.tis.co.jp/news/2025/tis_news/20250704_1.html
[8] TIS株式会社・岡三証券株式会社, "TISと岡三証券、JICAとの「ブロックチェーン技術を活用した資金調達に関する研究・実証実験」プロジェクトを開始," TIS株式会社ニュースリリース, 2026年3月19日. https://www.tis.co.jp/news/2025/tis_news/20260319_1.html
[9] TIS株式会社・Ava Labs, Inc., "TISとAva Labs、「マルチトークンプラットフォーム」を提供開始," TIS株式会社ニュースリリース, 2025年10月28日. https://www.tis.co.jp/news/2025/tis_news/20251028_1.html
[10] TIS株式会社, "統合報告書2025(中期経営計画2024-2026)," TIS株式会社IRライブラリ, 2025年. https://www.tis.co.jp/documents/jp/ir/finance/annual_report/ar2025_04.pdf
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