解説

ステーブルコイン基礎:日本におけるステーブルコインの法的枠組みと実証的展開

Stablecoin Intelligence Japan 編集部2026年4月2日

改正資金決済法に基づく「電子決済手段」の全体像


はじめに:ステーブルコインとは何か

ステーブルコインとは、日本円や米ドルなどの法定通貨と同じ価値を維持するように設計されたデジタル通貨のことである。たとえば「1コイン=1円」のように、常に一定の価値が保たれる仕組みになっている。

従来の電子マネー(Suicaやpaypayなど)と異なり、ステーブルコインには以下のような特徴がある。

比較項目従来の電子マネーステーブルコイン
利用範囲特定の加盟店・サービス内不特定の相手との送金・決済が可能
国内送金送金不可 または 制限ありいつでも数分以内に完了
海外送金送金不可 または 割高な手数料低コストで即時に可能
自動処理不可条件付き自動実行が可能

2022年、日本は世界に先駆けてステーブルコインに対する包括的な法的枠組みを整備した。資金決済に関する法律(以下「資金決済法」)を改正し、ステーブルコインを「電子決済手段」として法的に定義したのである。この改正法は2023年6月1日に施行された。

日本のステーブルコイン規制タイムライン

第1章:電子決済手段の法的定義と4つの類型

電子決済手段とは

資金決済法において「電子決済手段」とは、以下の条件を満たすデジタルな財産的価値と定義されている。

  1. 物品の購入やサービスの対価として、不特定の相手に対して使用できる
  2. 不特定の相手との間で購入・売却が可能である
  3. 電子的に移転できる

これは、従来の「前払式支払手段」(商品券やプリペイドカードなど)が発行者や特定の加盟店間でしか使えなかったのに対し、より広い範囲で流通する「デジタル通貨」としての性質を法的に認めたものである。

4つの類型

電子決済手段は、発行の仕組みや権利の性質に応じて4つの類型に分類される。日本国内で特に重要なのは第1号と第3号である。

電子決済手段の4つの類型
類型法的定義の要点主な想定発行主体裏付け資産と義務
第1号通貨建資産であり、不特定の者への支払いや交換に使用可能なもの資金移動業者・銀行銀行等への預託や履行保証金による保全義務
第2号第1号と相互に交換可能な財産的価値電子決済手段等取引業者第1号と同等の経済的機能の維持
第3号特定信託受益権であり、信託財産の全額が預貯金等で管理されるもの信託銀行・信託会社信託財産としての分別管理、倒産隔離機能
第4号第1号から第3号に準ずるものとして内閣府令で定めるもの未定(海外発行体等)仲介者による資産保全等の監督

この類型化の背景には、「同一機能・同一リスク・同一規制」の原則がある。同じ経済的機能を持つものには、同じレベルの規制を課すという考え方である。


第2章:第1号電子決済手段 ── 資金移動業者による発行

仕組みの概要

第1号電子決済手段は、発行者の負債として記録される通貨建資産である。利用者が日本円を預け入れると、同等の価値を持つデジタルトークンが発行され、いつでも法定通貨への払い戻しが保証される。

第1号電子決済手段の仕組み

銀行の発行に関する動向

銀行は銀行法第10条第1項第3号に基づき、為替取引を固有業務として営むことができるため、法律上は第1号電子決済手段の発行能力を有している。

当初、金融当局は銀行による直接発行に慎重な姿勢を示していた。その背景には、デジタル上で自由に移転可能な要求払い性の負債を大量に発行した場合、急激な資金流出(いわゆる「デジタル・ラン」)のリスクが増大する懸念があった。また、預金保険制度の対象外となる可能性や、銀行の財務への影響も考慮されていた。

しかし、2025年1月の金融審議会ワーキング・グループ報告書では、銀行による第1号電子決済手段の発行についても前向きな検討が進められ、2025年6月に成立した改正資金決済法において、銀行が発行する道がより明確に開かれた。現在は、資金移動業者に加えて銀行も発行主体として期待されている。


第3章:第3号電子決済手段 ── 信託を活用した日本独自の仕組み

「特定信託受益権」とは

第3号電子決済手段は、信託法上の仕組みを活用したステーブルコインである。「信託」とは、資産の所有者(委託者)が信頼できる第三者(受託者=信託銀行等)に資産を預け、その管理・運用を任せる法的な仕組みのことである。

この仕組みでは、利用者が預けたお金は「信託財産」として管理され、その受益権(利益を受ける権利)がデジタルトークンとして流通する。

倒産隔離:最大の強み

第3号の最大の特徴は、「倒産隔離」機能にある。

第3号電子決済手段(信託型)の倒産隔離の仕組み

信託財産は受託者(信託銀行等)の固有財産とは法的・会計的に完全に分離して管理される。仮に信託銀行が経営破綻した場合でも、裏付けとなる預貯金や国債などの信託財産は保全され、ステーブルコイン保有者に優先的に帰属する。この仕組みは、大口の決済や企業間取引において、発行体の信用リスクを切り離した安全な決済手段としての価値を提供する。

裏付け資産の運用規制緩和(2025年改正法で実現)

第3号電子決済手段の普及における大きな課題の一つが、裏付け資産の運用制限であった。改正前の資金決済法では、特定信託受益権の裏付け資産は、価格安定性と即時償還性を確保するため、全額を「要求払預貯金」(いつでも引き出せる普通預金等)で管理することが求められていた。

しかし、超低金利環境下では、発行体にとって運用益が得られず、システムの維持コストが重くのしかかるという課題があった。海外のステーブルコイン発行体が短期国債等で運用し収益を上げている現状を踏まえ、日本においても競争条件の均一化(イコールフッティング)の観点から、規制の柔軟化が図られた。

2025年6月6日に成立した改正資金決済法(同月13日公布、2026年前半施行予定)により、以下の条件を満たす運用が認められることとなった。

運用対象条件目的とリスク管理
日本国債または米国債満期・残存期間3か月以内、同一通貨建てに限定為替リスクの排除、高い流動性の確保
定期預金中途解約が可能で、解約手数料を考慮しても元本割れが生じないもの確実な償還原資の維持
組入上限発行残高(信託財産)の50%以内安全性と収益性のバランス調整

注意点: 為替リスクを排除するため、運用は特定信託受益権と同一通貨建ての資産に限定される。たとえば、円建てのステーブルコインの裏付け資産として米国債で運用することはできない。また、国債価格が下落して信託財産が減少した場合には、信託委託者に減少分に相当する追加の信託財産を拠出する義務が課される。

この緩和により、信託型ステーブルコインの発行体は、流動性を確保しつつ一定の運用利回りを追求することが可能となり、ビジネスモデルの持続可能性が大きく向上した。

裏付け資産の運用ルール(2025年改正前後の比較)


第4章:マネー・ローンダリング対策とトラベルルール

トラベルルールとは

ステーブルコインは、そのデジタルな特性ゆえに国境を越えた迅速な移転が可能であり、犯罪収益の移転やテロ資金供与に悪用されるリスクが指摘されている。これに対し、国際的な要請である「トラベルルール」の適用が日本国内においても厳格化されている。

トラベルルールとは、デジタル通貨の移転時に、送付人側の取引業者が受取人側の取引業者に対して、顧客の個人情報(氏名、住所、口座番号等)を通知することを義務付けるルールである。銀行の海外送金で既に適用されている仕組みを、デジタル通貨にも拡大したものと考えるとわかりやすい。

トラベルルールの仕組み

第3号電子決済手段への適用拡大

当初、特定信託受益権(第3号)のうち、受益証券を発行しないスキームについては、受託者が受益者名簿で保有者を把握しているため、トラベルルールの適用除外が検討されていた。

しかし、2025年1月22日に公表された金融審議会「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」報告書では、二次流通市場での移転可能性やマネー・ローンダリング対策の徹底を考慮し、第3号電子決済手段についても他の類型と同様にトラベルルールを適用することが適切であると結論付けられた。

この方針は2025年6月に成立した改正資金決済法に反映され、2026年前半の施行が予定されている。トラベルルールの遵守には、異なる事業者間で情報を安全かつ迅速に交換するための技術基盤(SygnaやTRUSTなど)が必要であり、事業者側の対応が進められている。

短期的には事業者のコスト増となるが、長期的には「適正に管理されたクリーンな通貨」としてのステーブルコインの信頼性を高め、金融機関が安心して取り扱える環境を醸成することにつながる。


第5章:サイバーセキュリティ管理態勢の高度化

ステーブルコインの運用は、デジタルネットワーク、自動実行プログラム、電子財布の管理システムなど、多岐にわたる技術要素に依存している。これらに対するサイバー攻撃は、資産の流出のみならず、決済インフラとしての停止を招き、社会経済に重大な混乱をもたらす可能性がある。

金融庁ガイドラインに基づく3つの柱

金融庁が策定した「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」では、以下の3つの柱が求められている。

サイバーセキュリティ管理の3つの柱

経営陣の責任と権限として、取締役会はサイバーセキュリティの重要性を認識し、最高情報セキュリティ責任者(CISO)を任命して、適切な予算と専門人材を配分しなければならない。管理態勢が不十分なことに起因して損害が生じた場合、経営陣は善管注意義務違反による損害賠償責任を問われ得る。

多層防御の徹底として、ネットワークの境界防御、内部システムの権限管理(最小権限の原則)、および多要素認証(MFA)の導入など、複層的な防御策を構築することが求められている。

外部委託先のリスク管理として、外部のシステムベンダーやクラウドサービスを利用する場合、契約時にセキュリティ要件を明確化し、監査権限を確保することが求められる。


第6章:「条件付き自動実行」の仕組みとその応用例

ステーブルコインを従来の電子マネーと分かつ最大の特徴は、「条件付き自動実行」(プログラマビリティ)にある。これは、あらかじめ設定した条件が満たされたときに、人手を介さず自動的に取引を実行する仕組みである。

発行と償還の仕組みと価格安定アルゴリズムの例

ステーブルコインの価値を法定通貨と一定の比率で維持するための基本的な仕組みは、「発行(ミント)」と「焼却(バーン)」である。

ステーブルコインの発行と償還の流れ

ただし、裏付け資産の開示が不十分な場合や、流動性が枯渇した場合には、法定通貨との連動(ペッグ)が外れるリスクも存在するため、情報の透明性が極めて重要視される。


第7章:ステーブルコインの主要なユースケース

日本においてステーブルコインがもたらす変革は、主に3つの領域に集約される。

1. リアルタイム送金と海外決済の低コスト化

現在の銀行間送金、特に海外送金においては、複数の仲介銀行を経由するため、手数料が高額になり、着金までに数日を要することが一般的である。ステーブルコインは、24時間365日稼働するデジタルネットワーク上で動作するため、数分以内での即時決済を安価に実現する。

従来の海外送金 vs ステーブルコイン送金

2. デジタル証券との連動

証券をデジタル化したセキュリティ・トークン(ST)の取引において、ステーブルコインは「決済レイヤー」として機能する。

同時交換(DvP決済)の実現: 「資金(ステーブルコイン)」と「証券(ST)」を同じデジタルネットワーク上で同時に交換することで、一方が権利を移転したのにもう一方が支払わないという取引相手方リスクを排除できる。

自動的な利息・配当分配: 自動実行プログラムに「特定の日にトークン保有者へ分配金を支払う」というロジックを組み込むことで、手動の事務作業を一切介さずに、ステーブルコインによる配当支払いが可能になる。

これにより、これまでコスト面で見送られていた小口の投資案件や、頻繁な分配を伴う金融商品の組成が容易になる。

3. 店舗決済の多様化

店舗決済においても、クレジットカードや既存のQRコード決済に代わる、あるいはそれらを補完する手段としてステーブルコインが期待されている。利用者は法定通貨に連動したステーブルコインを電子財布に保持し、QRコード等を用いて店舗へ支払う。この際に、ステーブルコインのネットワークは既存の決済網よりも安価な手数料でインフラを提供することができる可能性がある。


第8章:国内における実証実験と産業界の連携

日本国内では、メガバンクや信託銀行、大手証券会社、大手事業会社が連合を組み、ステーブルコインの社会実装に向けた具体的なプロジェクトを加速させている。

3メガバンクによる共同発行スキームの検証

2025年11月7日、三菱UFJ信託銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3メガバンクが共同でステーブルコインを発行する実証実験の開始が発表された。金融庁の「FinTech実証実験ハブ」の支援案件として採択されている。

この実験では、三菱商事の国内・海外拠点間での決済において、特定信託受益権(第3号)として発行されたステーブルコインを活用し、実務上の運用フローや規制対応、利用者保護措置の有効性を検証している。

複数の銀行が共通のプラットフォーム上でステーブルコインを流通させることは、将来的な「日本円デジタル通貨」の事実上の標準構築に向けた重要な試みである。

証券決済での活用実験

2026年2月13日、野村証券と大和証券、3メガバンクによる、ステーブルコインを用いた有価証券の決済実験が発表された。こちらも金融庁「FinTech実証実験ハブ」の支援案件に採択されている。

日本の株式決済は現在T+2(取引成立から2営業日後に決済)であり、T+1(翌営業日決済)への移行も検討されている段階にある。この実証実験は、デジタル技術を活用して決済のタイムラグをさらに短縮し、資本効率を高めることを目的としている。

小売店舗での決済実験

2026年2月19日、デジタルガレージ、JCB、りそなホールディングスの3社は、Baseのデジタルインフラを活用し、円建て(JPYC)・米ドル建て(USDC)のステーブルコインを用いた実店舗での決済実証実験の開始を発表した。利用者は自身の電子財布からステーブルコインで決済し、店舗側のシステムを大幅に改修することなく導入できる点が特徴である。

発表時期参加企業実証内容
2025年11月3メガバンク、三菱UFJ信託共同SC発行、三菱商事のクロスボーダー決済
2026年2月野村証券、大和証券、3メガバンクSCを用いた有価証券の決済高度化
2026年2月デジタルガレージ、JCB、りそなHD実店舗でのJPYC/USDC決済実証

第9章:グローバルな規制動向と日本の立ち位置

ステーブルコインの規制については、国際的な議論が先行している。

米国では、2021年11月に大統領金融市場ワーキンググループ(PWG)が報告書を公表し、ステーブルコインの発行体を「預金保険対象の預金取扱金融機関」に限定すべきとの勧告を出した。その後、議会での法案審議が続いている。

国際通貨基金(IMF)は、新興国においてステーブルコインが現地通貨に取って代わる「暗号資産化(Cryptoization)」が、金融の安定性や通貨主権を脅かすリスクを指摘している。

日本は、こうした国際的な懸念を反映しつつも、銀行以外の資金移動業者や信託会社にも発行の道を開いた点で、比較的イノベーションに寛容かつ詳細なルールを設計したといえる。特に「信託型」というカテゴリーを明確にしたことは、法的確実性を重視する機関投資家や企業にとって、日本市場の魅力を高める要因となっている。

国・機関規制の特徴
日本銀行・資金移動業者・信託会社が発行可能。信託型(第3号)で倒産隔離を実現。2025年改正で裏付け資産運用を柔軟化
米国PWGが預金取扱金融機関への限定を勧告。議会での法案審議が継続中
EUMiCA規制(2024年施行)。電子マネートークン・資産参照トークンの2類型
IMF新興国での通貨主権リスクを警告。各国に適切な規制枠組みの整備を要請

結論と今後の展望

日本におけるステーブルコインの法的整理は、資金決済法という強固な枠組みのもとで「電子決済手段」としての地位を確立した。第1号による利便性と、第3号による安全性(倒産隔離)の双方向からアプローチすることで、個人・法人の双方にメリットのあるデジタル通貨環境が整いつつある。

特に、2025年改正法による特定信託受益権の裏付け資産運用の柔軟化(50%上限での国債・定期預金運用)は、発行体の収益基盤を強化し、エコシステムの持続可能性を担保する画期的な措置である。また、トラベルルールの適用範囲拡大は、マネー・ローンダリング対策という国際的な責務を果たしつつ、ステーブルコインを制度金融の中に完全に取り込むことを意味する。

今後の焦点は以下の3点に集約される。

  1. 実証実験の成果に基づくライセンス取得の広がり: 3メガバンクの共同発行実験や証券決済実験の結果を踏まえ、「電子決済手段等取引業者」のライセンスを取得する事業者がどれだけ増えるか。

  2. 第4号電子決済手段の制度設計: 外貨建てステーブルコインがどのように国内に導入されるかの具体的なルール策定。

  3. 技術進化に合わせた法制度の柔軟な運用: デジタル通貨の技術は急速に進化しており、法解釈の柔軟性とサイバーセキュリティ対策の不断の強化が求められる。

ステーブルコインは、単なる決済の代替手段ではなく、条件付き自動実行の仕組みと融合することで、産業構造そのものを変革する「価値のインターネット」の基盤となる可能性を秘めている。日本がこの分野でのリーダーシップを維持するためには、実証実験で得られた知見を迅速に制度に反映させる機動力が不可欠である。

免責事項: このコラムは情報提供を目的としたものであり、投資助言ではありません。 投資判断は自己責任で行ってください。